Navier株式会社 代表取締役 渋谷 拓さん

Navier - ディープラーニングで高度な画像処理技術を日本から世界へ

2021年11月1日

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MIRAISEでは、課題解決に挑むエンジニア起業家の生の声をお届けするラジオ番組「MIRAISE RADIO」を配信しています。こちらのブログでは、「読む MIRAISE RADIO」として、起業家たちのストーリーをラジオの雰囲気そのままにお伝えしていきます。

● スピーカー|Navier株式会社 代表取締役 渋谷 拓
● MC|MIRAISE Venture Partner & CTO 布田 隆介 / PR 蓑口 恵美
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写真撮影が、スキルや機材が必要なちょっと特別な趣味だった時代は終わり、今では誰もがスマホで気軽に写真撮影を楽しむ時代となりました。スマホのカメラ機能は年々向上していますが、ズームにするとピンぼけしたりぶれてしまったりして、残念な思いをした経験を持つ人も多いことでしょう。

しかし、そうした写真撮影のストレスは、近年急速に減ってきています。その裏には、現場のニーズから生まれた画像処理のAI技術がありました。今回は、AI研究で先を行く米国や中国に負けず、日本から世界に挑むNavier株式会社代表取締役・渋谷拓(しぶや・ひらく)さんにお話を伺いました。

画像処理に特化したAI・ディープラーニングの研究開発

解像度の向上の事例 - 画像の解像度を上げ、画質を大幅に向上

――まず、Navierが提供しているサービスについて教えていただけますか?

渋谷:主にディープラーニング、いわゆるAI系技術を活用した画像処理のアルゴリズムを提供しています。画像処理に特化し、研究による新しい画像処理手法の開発をしている点が、当社の大きな特徴であると思っています。

――AIの画像処理というと、人やモノの検知や文字の読み取りなんかを想像するのですが…?

渋谷:当社で扱っている技術は、画像自体のクオリティを上げることに特化したソリューションです。具体的には、画像の解像度をきれいに上げる「超解像」、一般的にも広く使われているノイズ除去、画像を適正な明るさに戻す「鮮明化」などに関する技術を開発しています。ビジネスとしては、開発したアルゴリズムを個別のお客様の環境に合わせてチューニングした上で、ライセンスを提供する形で事業化しています。

布田:昔の写真やガラケーで撮った写真をディスプレイ上で表示するとガビガビになったりしますよね。それをAIの技術で、今のディスプレイやスマホでもきれいに見られるようにしている、というとわかりやすいでしょうか。人力でやろうとすれば、Photoshopなどを使ってレタッチャーが10時間とかかければできるんですけど、それでは産業用途としては現実的ではないので、ソフトウェアとして提供していこうという技術ですよね。Navierのサイトでは、その技術のすごさを分かりやすくみてもらえます。

――Navierのサイトを見てみました。サンプル画像がガビガビだったりすごく暗かったりするのですが、カーソルを動かして技術処理体験をしてみると写真が一瞬できれいに変わります。まるで魔法のようですが…これがNavierのAI技術なんですね。

渋谷:古い写真に対してそうした技術を使いたいということで、今まさに導入のステップに入っているお客様もいらっしゃいますし、例えばスマホのカメラなどでは、撮影の際にズームを使うとどうしても画質が落ちてしまいますよね。そうした画像の解像度をきれいに上げたり、ズームの際に出るノイズを除去したりというところで、当社の技術が使われています。

国際学会で認められた技術力

高解像度化の新手法について国際学会で発表した研究成果

布田:画像処理分野のAI活用において、Navierが得意な分野や、研究を深めてきた領域について教えていただけますか?

渋谷:画像処理は、ディープラーニングやAIが登場するずっと前から研究開発がなされてきた分野です。先ほどお話しした「超解像」も、例えば「画像の1ピクセルごとに、周りのピクセルがこういう形式だったらこういう風に拡大する」というように、画像をできるだけきれいにするために人間が決めた関数のようなものを定義するということが、従来型の技術では行われていました。しかし、ディープラーニングやニューラルネットワークを使うことにより、以前のような決め打ちのアルゴリズムではなく、AIで判別して画像をきれいにすることができるようになりました。当社では、そうしたディープラーニングによる画像処理技術の実用化にかなり力を入れています。

AIの学習でよくあるのが、現実の世界では最適なデータセットがなかなか見つからないという状況です。超解像の分野でも、そういう問題はどうしても起こります。当社では、そうしたデータセットがなかなか取得できないような環境下においても、うまくAIをトレーニングする手法を提案しています。それによって、より実用的なディープラーニングによる画像処理を可能にしたという点が、当社の大きな強みだと思っています。

――「AIにディープラーニングをさせたいけれどデータが足りなくて、全然学習させられない」という声を企業から伺うことがよくあります。そのような現場の課題があるということでしょうか?

渋谷:そうですね。データセットを揃えるためには、画像処理をしていない画像と、理想的にきれいになった画像という一対が必要ですが、実際の現場では、そもそもきれいでない方の画像しかない場合がほとんどです。当社は、そういった環境でうまくAIをトレーニングするための技術を開発し、論文として公開もしています。

――国際的な学会で発表されたという記事も拝見しました。

渋谷:当社のリサーチャーである前田の論文が、画像処理系の国際学会であるCVPRで採択されました。その中でも特に優秀な論文は口頭発表という形でプレゼンテーションの機会を得られるのですが、その登壇者としても選ばれまして、世界的にも技術力が認められたのかな、と思っています。

――1,500本ほどもある論文の中から選ばれたんですよね。口頭発表は、日本企業として唯一だったとか。

布田:AIの研究が進んでいるのは中国とアメリカ、かつ大企業がほとんどです。その中でNavierは、かなり初期の段階から研究開発に力を入れており、技術力を高めるためにリサーチャーや研究者を積極的に採用していました。スタートアップとして、まずリサーチャーがいるという時点でなかなか珍しい会社だと思います。普通の企業ですら、リサーチャーってあまりいないですからね。

渋谷:そうですね。研究部門を持っているような所でも、最先端の技術にきちんとキャッチアップできている企業は意外と少ないのが現況です。

「アルファ碁」からAI研究の道へ。10万DLアプリ開発も

――ところで、渋谷さんはどうして起業されたのですか?

渋谷:ひとことで言うと、ディープラーニングとの出会いがきっかけです。私はかつて、イラストのSNSで有名なピクシブで、エンジニアではなくディレクターやプロダクトマネージャーとして働いていました。一方で、プログラミングなどの技術が好きで、他の会社のお手伝いを個人でやっていたりもしていました。2016年頃、Googleに買収されたDeepMindというAI開発企業が作った「AlphaGo(アルファ碁)」が、世界トップの韓国のプロ棋士に勝ったというニュースがあり、世間的にも大きく取り上げられました。それをきっかけに、自分でもディープラーニングを学んでみようと思ったのです。

――AI活用の中でも、画像処理分野に着目した理由は?

渋谷:その後、空き時間などを使ってディープラーニングの基本的な技術やモデル作成などを学びました。画像処理はディープラーニングの中でも比較的取り組みやすい分野で、データセットもフリーのものがけっこうあって集めやすかったりもして、見た目でわかりやすいということもあって、よく取り組んでいたのです。今でいう自動着色機能みたいなものも、当時の技術で作りました。それをiOSアプリ経由で簡単に使えるようにしたら、1ヶ月で約10万のダウンロードがあって驚いたこともあります。今思うと、当時の技術ですからめちゃめちゃレベルの低いものではあったのですが、それくらいインパクトのあることができるんだと感じた経験でもありました。

――10万ダウンロード!それはすごいですね。

渋谷:ちょうどその頃、海外ではディープラーニングの研究結果を活かしたスタートアップがポンポン出てきているタイミングでした。それで、自分もその技術を使って何か事業を作りたいなと思うようになったのです。

当時はスタートアップのアクセラレータープログラムのプチブームみたいな時期でもあって、フィードバックがもらえるならと、高校時代の友人と一緒にいくつか受けてみたりもしました。その中で、2017年末に「Open Network Lab 」というアクセラレータープログラムに受かり、その中で会社を立ち上げました。

――ディープラーニングと出会って、それがどんどんライフワークの中心となっていったのですね。

布田:やっぱり、個人でアプリを出して反応が得られたというのは大きかったですか?

渋谷:そうですね。かなりインパクトのある経験でした。当時は相当珍しいアプリだっと思いますし…。

布田:全然誰も使わなかったら、それで終わっちゃいますもんね。当時はそういう、モノクロの写真をカラーにするようなことが、わかりやすくAIの魔法として驚かれていた時期でもありました。

大手企業との連携、そしてAI画像処理の裾野を広げる未来へ

画像の解像度をきれいに上げる「超解像」の技術

――今年8月、シャープの最新スマホ「AQUOS」に、NavierのAI技術が搭載されたというプレスリリースが出ました。創業からわずか数年で大手の製品に技術が採用されるとは、すごいですね。

渋谷:最初にシャープさんにお声がけいただいたのは、とあるスタートアップのイベントでのことでした。その後、当社の前田が出した論文などを評価してくださって、1年くらい前から、当社の技術を実際にこれから出すスマホなどでどんな形で使えるかについてディスカッションを始めました。そこで、やはり超解像の技術を入れたいということになり、今回実現したという形になります。

――この技術が入ったスマホでは、どういったことが可能になるのでしょうか?

渋谷:先ほどお話ししたように、カメラのズームを使うと画質は粗くなります。ズームは大きく分けて、ソフトウェア的に画質を上げる「デジタルズーム」と、センサー自体を強化する「光学ズーム」の2種類があります。デジタルズームは基本的に解像度が落ちるし、ノイズもかなり入ってしまうのですが、光学ズームはきれいですが、センサーのコストが高くついてしまう。デジタルズームできれいに見せられれば、コストも安くなるし画像のクオリティも上げられます。そうしたことを可能にするために、当社の技術を採用していただきました。

布田:デジカメでもスマホでも、すごくズームして人などを撮ると、もうほぼ「イエティ」みたいな感じになりますよね(笑)。「これ、何を撮ったんだろう?」みたいな。それが、この技術を使うとちゃんとはっきり写るということですね。今後は、さらにいろんなところで活用されるんじゃないでしょうか。

渋谷:シャープさんのような大企業に採用していただいたことはやはり大きな実績であり、同業他社さんからも引き合いをいただくようになりました。

――こうした大手企業との連携を経て、今後はどういう展開を目指しているのでしょうか?

渋谷:大きく3つの目標があります。まず1つ目は、研究開発に今後も力を入れていくということです。今、当社が多くのお客様から引き合いをいただいているのは、研究開発がベースにあるからだと思います。まさにそれが当社の強みであり、会社の成長に繋がる重要なカギだと思っています。今後も引き続き高いレベルの研究成果を対外的にも発表していき、優秀なリサーチエンジニアが集まる会社にしていきたいと考えています。

2つ目は、ディープラーニングベースの最先端の画像処理技術を求めている企業はまだまだ多くあると思うので、そのニーズをしっかり満たしていくことです。画像処理の分野は、ディープラーニングによって飛躍的に精度・性能が高まってきました。しかし、画像処理を使いたくても、ディープラーニングベースの技術を導入するには至っていない企業は多いと思います。

Googleのように資本も技術力もある企業では、「Google Pixel」といったスマホにも多く資金を投入し、新しい技術もどんどん搭載できますが、そうではない大多数の会社が同レベルのアルゴリズムを使うのには、まだまだ高いハードルがあります。そうしたニーズを、当社が満たしていけるようにしたいのです。そのために技術のラインナップを拡充し、提供できるソリューションの幅を少しずつ広げていこうと考えています。

3つ目は、当社の技術を汎用的に利用できるようなプロダクトのリリースです。これまでは、開発した技術を個別のお客様ごとにチューニングして提供する形をとってきました。しかし、当社の技術が世界的にも通用するという自負が深まってきているので、もっと汎用的なプロダクトに落とし込んでいきたいなと考えています。研究だけでなく、プロダクト開発にも人が必要となるので、そちらの採用も強化していきたいですね。

布田:「汎用的」というのは、APIといった形で誰でも使えるようなイメージでしょうか?

渋谷:技術自体を使うようなサービスというよりは、当社の技術が活かせるような特定のソリューションを作るというイメージの方が近いです。技術自体をAPIで提供しようとするとかなりの資本力が必要となりますし、GoogleやAWS、中国のスタートアップと直接戦うような形となります。それはちょっと難しいと思うので、別の方向で、当社の強みが活きる領域を探していきたいなと思っています。

布田:なるほど。「技術+ソリューション」として企業に提案していくようなイメージですね。

――今後はさらに仲間を増やし、日本から世界に挑んでいきたいとのことでしたが、Navierに合う人、来てほしい人というのはどんな人でしょうか?

渋谷:技術を深堀りするのが好きな方には、当社は合うのではないかと思います。単純にサービスを作りたいというよりは、「この技術をより良くするためにどうしたらいいか?」というように、技術自体に興味を持てる人ですね。実際に今いる社員も、技術に高い関心を持ち、特定の分野でリサーチを深めてきたような人が多く、Ph.Dを持っている社員もいます。

――大学や研究機関で研究するのもいいけれど、より社会と近いところで、実装をベースにした研究ができるという環境なんですね。

渋谷:そうですね。研究と社会実装、両方とも楽しめるのが当社の強みだと思っています。基本的にリモートワークで、インドで働いている社員もいます。

――社内はもうグローバルでもあり、これからさらに仲間を増やしながら世界に挑んでいくということですね。今後のNavierの展開を楽しみにしています!本日はありがとうございました。


Navier株式会社


Interviewee Profile:

Ryusuke Fuda

Venture Partner & CTO, MIRAISE