「MIRAISE PREVIEW 2024」 フルバージョン

2024年1月23日

目次

1. ERC-4337
2. AI Agent
3. サードパーティ Cookie 完全廃止のインパクト
4. CMSの進化は止まらない
5. コーディングにも ESG の波 〜グリーンコーディング〜



1. ERC-4337

Ethereum の新規格ERC-4337をトリガーとして web3 のマスアダプションが始まる

ERC-4337はEthereumの新しい規格です。web3が抱える課題のひとつである、ユーザーにとって複雑で理解が難しい状況を解消することを目的に、Ethereumのコミュニティで提案され、採択されました。その結果、今後 web3 のユーザー体験が劇的に向上します。


web3 がマスアダプションするには、web3 ウォレットがもっと使いやすくなる必要があります。web3ウォレット最大手の Metamask の MAUですら、全世界で3000万人(2022年3月時点)しかありません。Facebook の MAU 30億3000万人と比較するとweb3ウォレットを持つユーザーが少ない事は明らかです。web3ウォレットは一般のユーザーには分かりづらく、かつ使いづらいので、web3ユーザーの参入障壁となっています。web3ユーザー(web3ウォレットを持つユーザー)が増えないと、企業はブロックチェーンゲームや Dapps などへ大きな開発費を投資することができないので、なかなかキラーコンテンツが生まれてこないのではないか、と私たちは考えています。

web3ウォレットの課題*1 としては主に以下の3つが挙げられます。

  1. すべての取引に EOA*2 の承認が必要

  2. web3ウォレットにおいて重要な「秘密鍵」をユーザーが直感的に理解できない

  3. 「秘密鍵」を紛失すると EOA へのアクセスを失い、暗号資産を取り戻すことができない

Ethereumの新規格ERC-4337によって何が変わるのでしょうか?一番大きい改善はweb3ウォレットにプログラムを記述することができるようになることです。その結果、以下のように、web3ウォレットの課題を解決します。

1. 秘密鍵を紛失した際に、Email や電話番号を元にした復元ができる
2. 複数人で管理するウォレットの作成ができる
3. 法定通貨(fiat)でのガス代の支払いができる

ERC-4337がEthereumコミュニティに提案されたのは2年前のことです。Ethereumの動向に注目していた多くの開発者がこの提案をビジネスチャンスと捉え、積極的にプロダクト開発に取り組む動きが見られました。2023年3月にEthereumに実装され、メインネットで利用できるようになったため、2024年にはERC-4337を活用したプロダクトが多く登場することでしょう。

実際のところ、今、世界中でERC-4337を利用したweb3ウォレット(スマートコントラクトウォレット*3)を開発するスタートアップへの投資が活発です。 米Soul Wallet2023年3月にシードで 300万ドルを調達し、米Argent2023年4月にシリーズBで 4000万ドルを調達しました。また、イーサリアム財団も、ERC-4337 を活用した18のプロジェクトへの資金援助を発表しています。

ガートナーのハイプ・サイクルでは、2022年時点で Blockchain Wallets は幻滅期を超えたことを示しています。ERC-4337 がメインネットで利用できるようになったことによりweb3ウォレットを持つユーザーが増える事を期待して、ブロックチェーンアプリを開発する開発者が増加しそうです。

(出典: Metaverse, Web3 and Crypto: Separating Blockchain Hype from Reality ブロックチェーン、Web3分野のハイプ・サイクル図)

FTX の破綻や AI の大きな波が訪れたことで、web3 市場が失速した印象を持つ人が多くいるかも知れません。一方で、私たちはEthereum の新規格の実装をきっかけにweb3 にマスアダプションが訪れると考えています。FTXなどの文脈で語られる暗号資産と分散技術と暗号化技術を活用した課題解決ソリューションという文脈で語られるweb3は分けて考えるべきだと思います。今後もweb3 の技術的進歩や関連するスタートアップに着目し、活発に投資活動を行っていきます。

*1 Blockchain/Web3 Walletの技術動向についてWeb3のマスアダプション、障害はテクノロジー など多くの記事がweb3ウォレットの課題を述べている。
*2 EOA(Externally-owned account)はMetamaskなど秘密鍵で管理されるアカウントのこと。EOAと比較されるアカウントにCA (Contract Account)がある。CA は Dapps などのネットワークにデプロイされ、コードによって制御されるスマートコントラクトのこと。
*3 スマートコントラクトウォレットとは、プログラムが記述されたweb3ウォレットのこと。



2. AI Agent

AI がアシスタントからマネージャーに進化する

皆さんは、AI にどのようなイメージを持つでしょうか。ChatGPT の登場により、AI は翻訳や執筆、調査 などを行う優秀なアシスタントのイメージを持つ方が多いと思います。2024年は現在の AI のイメージを一変させるような進化を目の当たりにします。



2023年は様々なメディアで AI の話題が取り上げられました。米OpenAI は 2023年3月に GPT4、11月に GPT4 Turbo を発表し、GPT の進化の速さを世間に印象付けました。OpenAI の競合の米Anthoropic も2月に米グーグルなどから4億5000万ドル、3月に3億ドルを調達し、評価額は4100億ドル に達しました。米Crunchbaseの調査によると、2023年の1月から8月までの米国のスタートアップへの投資額の26%がAI企業でした。

Generative AI の登場により、人間はAIをアシスタントとして翻訳や執筆、要約、プログラミング、画像生成などに活用することで業務の効率化を実現しました。私たちが MIRAISE PREVIEW 2023 で「ラージAIモデルを使ったビジネスがユニコーン化する」と予測した通り、AI関連のスタートアップに投資が集まり、AI は大きな盛り上がりを見せています。

しかし現在の AI は、AI を使う人の知識や経験に大きく依存するという課題があります。AIを活用する知識がない人は、欲しい情報を取り出せない等、AIを上手く使いこなすことができません。

AI Agent は人間が AI に指示を出すのではなく、AI が AI に指示を出します。人間は細かい指示ではなく、課題を AI に伝えるだけで、課題に対する解決策の手法の探索、実装、評価、修正を AI が行います。そのため、AI Agent では、人間のAI活用のスキルに依存しないため、より多くの人がAIのメリットを享受できるようになります。

AI Agent の誕生の発端となったプロジェクト「AutoGPT」は 2023年4月にオープンソースで公開されると、わずか3ヶ月で14万以上のスターを獲得し、エンジニアの間で話題になりました。また別の例として、GitHub は開発者向けの年次イベント GitHub Universe 2023 で AI Agent「Copilot Workspace」を発表しました。「Copilot Workspace」 は AIがコードを補完するのではなく、人間が issue (バグの内容や機能開発の内容などの短い文章) を書くだけで AI が仕様を考え、仕様に沿った実装方法を設計し、コードを修正または新規作成します。

(出典: GitHub - Significant-Gravitas/AutoGPT AutoGPTのGitHub上でのスター数の推移図)

AI Agent はソフトウェア開発だけでなく、会計分野での導入事例もあります。米Black Ore Technologies は会計士向けの AI Agnet の「Tax Autopilot」 を開発し、2023年11月に 6000万ドルを調達しました。

現在、AI Agent はテキスト生成の AI を活用し、ソフトウェアや会計などの分野で開発が活発です。今後は、画像や動画の Generative AI の発達にともない、より幅広い分野での活用が進むと予測しています。



3. サードパーティ Cookie 完全廃止のインパクト

新たなターゲティング手法が模索される

ウェブの広告分野では2024年、Google Chrome のサードパーティ Cookie が完全廃止されます。このことのインパクトはとても大きく、今後Cookie に頼らないターゲティング手法の開発が加速していくでしょう。


欧米では、Cookie を個人情報とみなし、プライバシー保護の観点から規制の対象になっています。これを受け、2020年3月に米アップルの標準ブラウザである Safari はサードパーティ Cookie を完全に廃止しました。そのため、ウェブ広告の精度が落ち、ウェブ企業の広告収益が減少し始めました。また、米メタは2022年に広告収入が前年同期比で初めて減少に転じ、10年間続いた同社の広告の売上成長が止まりました。

グローバルのブラウザのシェアは、Safari が約20%で、Chrome は約60%です。Chromeを開発する米グーグルは 2024年後半に Chrome のサードパーティクッキー を廃止することを発表しました。そのため、ウェブ広告において、サードパーティ Cookie に頼らない方法での広告の精度向上がこれまで以上に重要となるのです。

現在、新たな手法でウェブ広告の精度向上に取り組むスタートアップが国内外で誕生しています。例えば、日Sushi Top Marketing社 は消費者が保有する NFT を解析し、ターゲティングした消費者へNFT を配布するサービス「 トークン・グラフマーケター」を開発しています。米Revenue Rollは、Identity Graph* を活用した広告分析ツールを開発し、2023年にシードの資金調達を実施しました。

(出典: トークングラフマーケティング Sushi Top Marketing社が提唱するトークングラフマーケティングの説明図)

ポストCookieの時代、上記のようなNFT活用など、従来とは異なるアプローチでユーザーをターゲティングするスタートアップが増加すると考えます。現在のプラットフォーマーのようにテックジャイアントが独占するのではなく、分散技術の活用とプライバシーに関するリテラシ向上によって、よりユーザーが納得できるような理想的な形が実現するかどうか、注目しています。

* Identity Graph はデモグラフィック、閲覧履歴、購入履歴、その他さまざまなソースから収集されたデータなど、訪問者に関する情報を提供することで、eコマース・ビジネスが広告キャンペーンをより効果的に行うためのデータベースである



4. CMSの進化は止まらない

Headless CMS の誕生から10年、次の進化は?

「Headless CMS」の登場から10年が経過し、その期間に企業のWebサイトにおけるコンテンツ配信に対するニーズが変化してきました。そして今、CMS に新たな進化の兆しを見ることができます。


CMS (Contents Management System) はWebサイトのコンテンツを管理、作成、更新するシステムです。エンジニアでなくても HTML/CSS を書くことなく誰でも比較的容易にWebサイトのコンテンツを管理することができます。

CMS は1995年頃に登場し、常に進化してきました。2003年にブログやWebメディアが流行したことで爆発的に流行した「Wordpress」は現在でもインターネット上のwebサイトの42.6%で利用されています*1。

2010年代に「Headless CMS」が登場しました。「Headless CMS」はコンテンツデータのみをAPI2として提供するものです。従来のCMSはデータの管理とUI(見た目、デザイン)を両方管理するものでしたが、スマートフォンの普及等により、コンテンツの配信先がウェブサイトだけではなく、モバイルアプリやTVなどへ多様化し、それらに対応するためにはデザイン部分とコンテンツデータ管理を切り離すニーズが強くなりました。これががHeadless CMS登場の背景です。「Headless CMS」は JAMStack*3 と呼ばれる新しいシステム構成手法と共に、現在多くのプロダクト開発で採用されています。

(出典: $30M to Power the Next Generation of Content Management | Hygraph Hygraphが提唱するFederated Contents Platformの説明図)

「Headless CMS」の登場から10年が経ち、Webサイトに表示するコンテンツは、ひとつの CMS をデータソースにするのではなく、複数のサービスで管理しているコンテンツをそれぞれの API を通じて取得するように変化しました。つまり今度はデータ部分が一つではなくなったのです。

今回もそのニーズに合わせ、CMS は進化しました。2023年3月に3000万ドルを調達した独Hygraph は開発する CMS を「Federated Content Platform」と定義し、複数のサービスとAPI で接続し、コンテンツを一元管理します。米Payload はエンジニアが開発しやすい CMS をオープンソースで開発し、グーグルのAIに特化したグラディエント・ベンチャーズやMongoDBから470万ドルを調達しました。加AgilityCMS は、開発する CMS を「Composable CMS」と定義し、CMS をブロックのように組み立て、コンテンツの追加や削除を簡単にします。MACHアーキテクチャ*4 に適した CMS である事が特徴です。

私たちは企業のコンテンツ配信に対するニーズの変化と関連する技術の進展に伴い、CMSも次の進化のフェーズに入っていると考えています。

*1 Usage Statistics and Market Share of WordPress, December 2023
*2 API (Application Programming Interface)は、プログラムからサービスのデータを操作するためのインタフェースのこと。
*3 JAMStack はフロントエンドのWeb開発の手法のひとつ。 導入することでページの読み込みが高速かつセキュリティの高いWebサイトの構築が可能になる。
*4 MACHアーキテクチャ とは、最新のシステムアーキテクチャで、マイクロサービス、APIファースト、クラウドネイティブ、ヘッドレスを活用したシステム構成で、拡張性があり、変更に強いスケーラブルなシステム構成。



5. コーディングにも ESG の波 〜グリーンコーディング〜

エネルギー消費量の少ないソフトウェア開発の必要性が高まる

近年、世界中の政府や投資家、金融機関が2050年までにネットゼロの達成を目指すことを宣言したことで、国内外の多くの企業がESGへの取り組みを開始し、数値目標や達成度合いを公表するようになりました。ソフトウェア開発においても、エネルギー消費量の少ない言語を選択したり、クラウドに比べてデータ転送の必要のないローカルで実行するプログラムにするなどのグリーンコーディングに注目が集まっています。


環境問題はソフトウェアエンジニアにとって無関係と思われているかもしれませんが、ACM (Association for Computing Machinery)の報告書*1 によると、ICTセクターの気候への影響は航空業界と同じレベルだそうです。データセンター、AI開発、ブロックチェーンのマイニングなどのエネルギー消費量が特に大きく、2050年までに世界のCO2排出量の3分の1をICTセクターが占める可能性があるとされています。

ビッグテック企業は既にCO2排出量削減に向けた活動を開始し、米グーグル、米アップル、米マイクロソフトは 2030年までに、米アマゾンは2040年までにカーボンフリー/ネガティブを達成することを公表しています。

データセンターなどの大きな電力を使用する分野以外で、ソフトウェアエンジニアがESGに直接関係するものが「グリーンコーディング」です。グリーンコーディングはエネルギー消費量の少ない言語を選択したり、クラウドに比べてデータ転送の必要のないローカルで実行するプログラムにするなど消費電力の少ないソフトウェア開発のことを指します。ポルトガルの大学の研究者チームの論文*2によると、プログラミング言語によるエネルギー消費量の違いは20倍近い差がある事が明らかになりました。

グリーンコーディングに関連するプロジェクトは世界中で誕生しています。仏GreenFrame はソフトウェアのCO2排出量を算出し、モニタリングするソフトウェアを開発し、ソフトウェアの脱炭素化を支援します。非営利団体の蘭GREEN WEB FOUNDATION は2030年までに化石燃料を使用しないインターネットを目指して活動し、CO2を測定する JavaScript のライブラリCO2.js の開発や、グリーンエネルギーで運営されているウェブサイトの世界最大のデータセットを公開しています。

(出典: GreenFrame - Measure the Carbon Footprint of your Website GreenFrameが提供するウェブサイトの電力使用量のダッシュボードイメージ)

2023年末時点では、この分野で大型の資金調達をするようなスタートアップを見つけることはできませんでしたが、環境問題への関心の高まりに比例して、グリーンコーディングに関連するスタートアップが登場すると私たちは予測しています。

*1 Association for Computing Machinery, COMPUTING AND CLIMATE CHANGE, November 2021
*2 Energy Efficiency Across Programming Languages



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最後に

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