「MIRAISE PREVIEW 2023」 フルバージョン

2023年1月6日

MIRAISEはソフトウェアエンジニアが起業したスタートアップ企業へ投資する日本で唯一のベンチャーキャピタルです。日本、US、エストニアなどに拠点を置く、ソフトウェアスタートアップ49社に出資を行っています。(2022年12月時点)

ソフトウェア技術とそれに関するスタートアップの継続的な調査をベースに、国内外のテック企業のファウンダーとの交流を通じてインサイトを構築しています。

この度MIRAISEではスタートアップに関わる方向けに、2023年のレポートを公開します。

本レポートは毎年公開していた「MIRAISE TREND」の名称を変更し「MIRAISE PREVIEW」としてリニューアルしたものです。今後のスタートアップの流れを予測するためには、ソフトウェア技術の理解や大きなトレンドの兆しを掴むことが必要です。過去の傾向をベースとした、いわゆる「トレンド」ではなく、ソフトウェア技術をスタートアップと紐付けた上で予測しインサイトを加えています。

エンジニアがエンジニアに投資するVCならではの視点を「プレビュー」して頂けましたら嬉しいです。


目次

  1. オープンソースソフトウェアのセキュリティ強化が加速

  2. データベースのサーバーレス化

  3. web3ではOracle(オラクル) に注目

  4. WebAssemblyへの投資が増加

  5. ラージAIモデルを使ったビジネスがユニコーン化する



1. オープンソースソフトウェアのセキュリティ強化が加速

開発者は複数のオープンソースソフトウェア(OSS) を活用しながらプロダクトを開発しています。米国防総省も2022年1月にプロプライエタリな製品よりもOSSの採用を優先すると発表しました。CrunchbaseによるとOSSスタートアップは2021年、前年比2倍の合計28億ドルを調達しており、投資家の間でもOSSへの注目が高まっているようです。

OSSが一般的に利用されるようになったことで、連動するようにOSSのセキュリティの課題が露出してきています。Aqua Securityの調査では、JavaScriptのパッケージマネージャ「npm」の上位35のうち32%が2要素認証を採用しておらず、アカウント乗っ取りの危険にさらされていることが明らかになりました。ひとつのOSSの脆弱性が、それを利用している多くのソフトウェアに連鎖するため、短期間で大きな問題に発展する可能性があります。また、OSS開発者が意図的に悪意のあるコードを混入する「人災」の事例も出ています。

(出典: GitHub Security Lab - GitHub Security Labはこれまでに372のオープンソースの脆弱性を発見している。2022年12月時点)

これはOSSの構造の問題であるとも言えます。OSS開発者の多くはボランティアで開発している為、十分な収益を得ることができません。そのため、企業が求めるレベルの検証ができていないというケースもあります。また、OSSではひとりの開発者に権限が集中しがちなので、コミュニティとしてどのように解決するべきなのか、議論が急がれます。

Webソフトウェアの発展はOSSのおかげで爆発的に成長してきましたが、利用が進むに連れて「性善説」から「性悪説」的なセキュリティの観点を取り入れた課題解決が急務です。すでにOSSのコードを監視し、不審なコードを検出するスタートアップも生まれています。米Socketシードラウンドで460万ドルを調達しています。GitHubもGitHub Security Lab でOSSのセキュリティ向上の研究開発を行っています。

このようにセキュリティの課題が話題になるということは、OSSがプロダクト開発において不可欠な要素となったことの証であるとも言えます。実際、多くのweb3プロジェクトはOSSで開発され、グローバルな開発者コミュニティによる開発が新たなイノベーションを起こしています。今後もOSS が web において主要な役割を果たすのは間違いないでしょう。

2. データベースのサーバーレス化

サーバーレスはここ数年、注目されているシステムアーキテクチャです。最大の特徴はコストメリットです。システムの呼び出しに対する従量課金であるため、アクセス数によってはサーバー費用を削減できます。またアプリケーションをサーバーで維持するためのメンテナンスコストも抑えられます。

サーバーレス技術は「サーバーレス・ランタイム」として比較的小規模のシステムやタスクの実行に使われていましたが、データベースへも活用が広がり始めています。

2022年、Postgresのサーバーレス版を開発する NEON が5,400万ドルを調達し、Redis のサーバーレス版を開発する Upstash が 190万ドルを調達していることからも、今後サーバーレス・データベースの開発が加速することが予想されます。

(出典: SELECT ’Hello, World’ - 従来のデータベースとNEONが提供するサーバーレスとの比較、ストレージとコンピューティングが分離されている。)

サーバーレスが必要とされる背景には、データベースのクラウドシフトがあります。AWSやAzure、 Google Cloud Platform などの3大クラウドでその動きは顕著です。データベースのクラウドシフトが進む中、従来の Primary/Replica 構成のデータベース配置で、より多くのスループットやストレージを得ようとすると、より大きなクラウドが必要で費用が増大します。

サーバーレス・データベースはストレージとコンピューティングを分離することにより、個別にコストを抑えた運用が可能になります。サーバーレス・データベースが実現できた背景には、Kubernatesによるコンテナ技術の進化が影響しています。コンテナ技術をデータベースに適用することで、素早いスケールアップ、スケールダウンが可能になります。

スタートアップ企業ではインフラエンジニアの数が潤沢ではなく、アクセス数の見積もりも難しいケースが多いです。そのような事情を踏まえると、今後ますますサーバーレス・データベースが活用される場面が増えていくと思われます。



3. web3ではOracle(オラクル)※ に注目

※ Oracleデータベースを指すものではなく、web3におけるOracleを意味する

オラクルとは、スマートコントラクトがオフチェーンの外部データを取得するためのデータフィードです。現在は主に De-Fi における価格オラクルとして外部の市場価格や利率を取得するために使用されています。一方でオラクルを狙った De-Fi への攻撃も増えており、2022年10月には Solana 最大級の De-Fi である Mango Markets がオラクルを利用した価格操作のハッキングを受け 1億1,400万ドルが盗まれました。これは Mango Markets の価格オラクルが参照している元データが意図的に操作されたことが原因でした。web3のサービスでは実世界(オフチェーン)とブロックチェーンをつなぐ役割を担うオラクルは必須です。今後、さらなる進化と改善が求められるでしょう。

いくつかオラクルを紹介します。

Chaninlink
インターネット上のデータを集め、複数の外部ソースからデータを取得するDecentralized Oracle Network を構築し、価格オラクルはもちろん、スポーツ結果や保険、IoTセンサーからのデータ、エネルギー排出量、資格証明などのオラクルを提供している。
Pyth
情報を提供するパートナーネットワークを構築し、優れたデータを提供する企業に報酬を与えています。
Cardinal
ウォレットの所有者とTwitterアカウントを簡単に証明する仕組みを提供し、DAOの運営に生かしている。
Khaosオラクル
クリエイターエコノミーの為の DEVプロトコルを開発するFrame00が開発し、Web上にあるクリエイターの資産をブロックチェーン上に載せることで、ステーキングなどを使ったマネタイズに利用されている。

(出典: DEVプロトコル開発のフレームダブルオー、2.5億円の資金調達を完了 - Web2と web3 をKhaosオラクルが繋いでいる。)

オラクルが注目される理由はweb3の適用範囲が多方面へ拡大しているからです。たとえば、NFTは「デジタルアートの所有」というイメージが強いですが、現在ではゲームを始めるためのアイテム、コミュニティや不動産の権利、イベント参加の証明、行動や購買履歴を個人が管理する手段など、用途が無限に広がっています。web3アプリケーションが現実世界と融合したサービスを提供するためには、その橋渡しをするオラクルは必須であり、今後も重要性が増していくでしょう。

コラム

語源であるOracleは神託を意味します。おみくじは英語では「Written Oracle(文字で書かれた神託)」です。オンチェーンが神の国で、オフチェーンが私達が住む世界というメタファーをベースに、その間をつなぐものとして名付けられたようです。異世界情報伝達のためのゲートウェイですね。


4. WebAssemblyへの投資が増加

WebAssembly(Wasm) は「様々なプログラミング言語」と「多くの異なる実行環境」との間を取り持つ技術です。C、C++、C#、Rust、Go、Swiftなど30以上の異なる言語で書かれたコードを.wasmファイルにコンパイルし、そのファイルをブラウザ、サーバー、エッジデバイスで実行することができます。  

今のところ、ブラウザでプログラムを実行するためには JavaScript で記述する必要があります。JavaScript は1995年に生まれ、ブラウザ競争のおかげで実行速度が増してきました。そしてJavaScriptはブラウザを飛び出してサーバーサイドでも使われるようにもなりました(Node.js)。その一方、ストリーミングサービスやVRのように、ブラウザ上のコンテンツがリッチになるにつれAIなどの計算量が爆発的に増えてさらなる高速化が求められています。Wasmはこの課題に答える技術です。

Amazon Prime Video は Wasmを採用し、JavaScriptと比べて10倍から25倍の速さを記録したことをブログで公開しています。ブロックチェーン分野で異なるチェーンの相互運用を可能とするPolkadotネットワークも、各チェーンの言語やランタイムを吸収するためにWasmを使用しています。万能のように思えるWasmにもまだ課題はあります。デバッグやビルドツールが充実しているとは言えず、また、ブラウザ以外のAPIのサポートも求められています。

(出典: The State of WebAssembly 2022 - 開発者へのWasmの使用目的の調査。Web、IoT、Blockchainと幅広い開発現場で利用されている。)

Docker社の創業者のSolomon Hykes氏は「もし2008年にWASM+WASIが存在していたら、Dockerを作る必要はなかったでしょう。それくらい重要なものなのです。サーバー上のWebassemblyは、コンピューティングの未来です。(Twitterでの発言)」と高く評価しています。実行環境に依存せず、開発者が選択した言語でコードを書くことができる魔法のようなWasmは投資家からの期待度も高く、2022年にWasm向けのクラウドを提供するFermyonが2,000万ドル、Wasm向けのPaasを提供するCosmonicが850万ドルを調達しています。今後も更に多くの投資資金がWasmに関連するスタートアップへ流れるかも知れません。

コラム

歴史的にVirtual Machine(VM)が盛り上がった頃を彷彿とさせます。Javaが登場した当初、Sun Microsystemsが提唱した「Write once, run anywhere(WORA)」を思い出す往年の開発者も多いでしょう。Wasmはこれを言語側にも当てはめたものだと言ってもいいかも知れません。


ラージAIモデルを使ったビジネスがユニコーン化する

ラージAIモデルは汎用データセットを元に数十億を超えるパラメータで学習されたAIの基礎モデルです。AIモデルを作るには学習のために大量の計算資源を必要とするため、Google、Microsoft、OpenAI などの資金力のあるAIの研究機関が開発しています。これまで、Google や Microsoft は悪用を恐れて、一般公開をしてきませんでした。2022年、英Stability AI が同様のモデル「Stable Diffusion」をオープンソースで公開しました。これによりラージAIモデルが一般開発者も使えるようになりました。

(出典: GitHub - Stability-AI/stablediffusion - Stable Diffusion はオープンソースで公開されている。)

近年のAI開発は大規模な汎用データセットを用いて大量の計算資源でニューラルネットワークの学習を行い、その後より少ないデータでタスクに応じた微調整を行う、プレトレーニング/ファインチューニングというアプローチが一般的です。このプレトレーニングにラージAIモデルを利用することで、スタートアップ企業はゼロからモデルを作成する場合に比べ、はるかに少ないデータ量と計算資源で製品を作ることができます。

GitHub Copilot は OpenAI が提供するラージAIモデルであるGPT-3のもつ「テキストを異なる言語に翻訳する」ことをプログラミング言語に利用し、開発者が「Aという処理のコード」と口語で書くだけで、プログラムを自動生成し開発者の生産性向上をサポートしています。

これまで大きな成功を収めたスタートアップは技術進化そのものではなく、技術進化を利用しこれまでにはない課題解決を提供しています。インターネットという技術進歩を利用したGoogle、 Facebook、 モバイルという技術進歩を利用したUberやInstagram、 ブロックチェーンを利用した Ethereum、 OpenSeaなどを思い出してみましょう。ラージAIモデルの活用は新しいユニコーン企業誕生の可能性を秘めています。


MIRAISEの情報発信

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最後に

お読みいただきありがとうございました。
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