株式会社Takram / ディレクター & ビジネスデザイナー 佐々木 康裕さん

佐々木康裕 - エンジニアにも「顧客視点」と「デザイン思考」

2020年3月24日

「MIRAISE(ミレイズ)」代表の岩田真一と気鋭のメンター・起業家たちとの対談シリーズ第2回目のゲストは、株式会社Takramディレクター/ビジネスデザイナーの佐々木康裕さんです。あらゆる領域のデザインを手がけるデザイン・イノベーション・ファームであるTakramで、佐々木さんはクリエイティブ戦略や事業コンセプト立案など、さまざまなコンサルティングプロジェクトに携わってきました。

MIRAISEメンターでもある佐々木さんに、佐々木さんの考えるデザインについて、これからのエンジニア起業家に欠かせないデザイン思考についてお話を伺いました。

商社から米国のデザインスクールへ

岩田:佐々木さんとは知り合ってから長いのですが、お会いするのは久しぶりですね。ビジネスデザイナーとしてメディアなどさまざまにご活躍ですが、今日はこれまでの道のりや、MIRAISEメンターをお引き受けいただいた理由、また、エンジニア起業家に関心を持った経緯などについて、お話をきかせていただけたらと思っています。
佐々木さんのキャリアのスタートは、商社の伊藤忠でしたよね?

佐々木:14年前の2005年、新卒で伊藤忠に入社しました。8年間在籍しましたが、最後の2年間は経産省に出向していたので実質6年間ですね。岩田さんに初めてお会いしたのは、入社2、3年目の2006年か2007年のことだと思います。まだまだ鼻たれ小僧のときですね(笑)先輩と2人でSkypeとのプロジェクトを担当することになって、当時スカイプ・ジャパンの代表だった岩田さんとはかなりの頻度でお会いしていました。

岩田:その、プロジェクトマネージャーだった佐々木さんの先輩はかなり行動力がある方で、メールや電話は毎日来るし(笑)、週1、2回はミーティングしていましたね。

佐々木:これまでのキャリアで数え切れないほどのプロジェクトをやってきたけれど、その中でも、岩田さんとのプロジェクトの濃度、密度は図抜けていました。だから、岩田さんとの関係というのは僕にとって特別で。留学の際は推薦状も書いていただいたほどです。
そして2013年に8年間勤めた伊藤忠を辞め、イリノイ工科大学のデザインスクールに留学しました。修士課程を修了して2014年に帰国、その後Takramに入り、クライアントの新規事業立ち上げをお手伝いするコンサルティングを手がけて5年ほどになります。

岩田:大学での専攻は政治経済で、その後は商社ですよね。そこからなぜ、デザインを学ぼうと思ったのでしょうか?

佐々木:政治学という学問は、世の中で起きていることをひとつの現象として捉えるのではなく、仕組みとして捉えます。世の中を変えようと思ったとき、ボトムアップ的に考えるのではなく、仕組みを作り変えるというアプローチをとる学問なんです。商社に入ったのも、ビジネスモデルや仕組みづくりに関わりたいと思っていたからでした。

デザインには大きく2つの意味があります。ひとつはクラフト、いわゆる絵がうまいとかきれいな物が作れるとかそういうことですが、もうひとつは計画する、構想するという意味なんですね。僕が学んだデザインスクールは、後者のデザインを探求する学校でした。ですから、大学、商社、デザインスクールと、実はやっていることはずっと変わらないんです。

岩田:なるほど。グランドデザインなど、そういった意味のデザインですね。

佐々木:デザイン思考、システムデザインなどとも言いますね。僕が学んだのは、新しいものを創造するためのプロセスやフレームワーク、マインドセットといったアプローチでした。政治学を学び、伊藤忠で新規事業などを手がけてきたのですが、誰もそれを科学的にやっていなくて。ゼロからイチをつくるサイエンス、それを学びたかったのです。だから、僕は自分が学んだデザインスクールを「ゼロイチ担当者養成学校」と呼んでます(笑)

岩田:日本ではあまり聞かないタイプの学校ですよね。

佐々木:そうですね。イリノイ工科大学のデザインスクールは、講師の7割くらいがデザインファームのファウンダーや役員です。だから極めて実利的で、論文はゼロ。単位取得の可否は、授業の最後の1コマで課されたプレゼンが刺さるかどうか、以上!という(笑)なぜなら、実務家を育てているからですね。ビジネスの場では、どれだけ説得力があるプレゼンができるかが勝負なので。

最近では国内でも、東大や京大、九大、ムサビなどでも、拡張されたデザインを体系だって教える学校は少しずつ増えているようです。それはいいことですよね。

デザイナーから見たエンジニアとは?

岩田:留学先では、エンジニアとの関わりはあったのですか?

佐々木:実は、初めてエンジニアと一緒にプロジェクトをやったのが留学先でした。まさに机を並べて。バックグラウンドが多様なチームで、どのようにそのチームをマネージし、どういう価値を作っていくかということを学びました。僕がビジネス、あとデザイナー、そしてエンジニア、このチームで授業をすることが多かったですね。構想する僕、絵が描けるデザイナー、そして実装できるエンジニアというのが絶対に必要で。この3ピースが揃わないと物事が進まないなということを、そこで体感しました。

岩田:まさにミニマルユニット、起業に必要な3人ですね。そうしたスタートアップの疑似体験みたいなことは、MIRAISEでもメソッドとしてぜひ取り入れてみたいです。
ここまでお話を伺ってきて、デザインとは何かということが改めてよくわかりました。

佐々木:思考の入り口が、どうやってこれを作ろうかっていう設計的な思想ではなくて、自分たちのサービスを通じてお客さんにどう感じてほしいかという感情を考えることなんですね。エクスペリエンス起点です。例えば、誇りを持ってほしいのか、安らいでほしいのか、鼓舞された感じになってほしいのか、便利だなって思ってほしいのか…という感情を決めて、そこから逆算で機能を考えていく。

エンジニアが頑張って何かを作っても「いや、そんなの欲しい人誰もいないよ」っていうことが、実はよくあると思うんですよね(笑)

岩田:ありますね。実は自分も欲しくなかったという…ただ作るのが楽しかっただけ、みたいな(笑)感情を起点にするというアプローチは実に正しいと思います。ニーズというよりさらに本質的な印象を受けます。

エンジニアから刺激を受けるということもありますか?

佐々木:デザイナーのやることというのは、すごく非効率なんですね。exploreするとよく言いますが、とにかく探索的、文系的に動きます。例えばリサーチひとつとってみても、統計学ベースではなく文化人類学的アプローチで行うので、とにかく人に会って話を聞く。それはそれでいいのですが、効率は悪い。

対してエンジニアには、「一切ムダなことはしないぞ」という感じがありますよね(笑)そして、確固とした美学を持っている。コードの書き方やモジュールの組み合わせ方などの美しさにこだわる人も多い。そうした姿勢はすごく参考になります。

岩田:動作の軽さや可読性、メンテナンス性ですね。

佐々木:あと、納期が迫っているとき、デザイナーはとにかく間に合わせようとちゃちゃっと作ってしまいます。しかしエンジニアは、岩田さんがおっしゃるメンテナンス性とか、後で技術的負債になるからと、とにかく時間がかかっても丁寧に作る。考え方のOSが違うんですよね。それは大きな学びでした。

岩田:エンジニアは、エンジニアじゃない人の話はなかなか聞かないんですよね(笑)それこそOSが違うからと。感情がないものに対しては、ムダなことをしない、ひたすら自分の美学を追求するというのは有効ですが、人という感情がある存在に対してはそうもいかない。エンジニアも、デザイナーから学ぶことが多くありそうです。

定性✕定量が、未来をつくる

佐々木:留学していた頃のルームメイトが、現在Googleでリサーチャーをしています。彼が何をしているかと言うと、毎日ティーンエイジャーとただ話しているんですよ。グラフやチャートで表せるような定量的データではなく、発言ログとか彼らの部屋の写真とか、そうした定性的なデータを集めているんです。今の10代は、機能がいいからという理由ではものを選ばない。心理的なアタッチメントがどれくらいあるかで選びます。ですからGoogleは、彼らがGoogleをどうやったら自分に関連づけてくれるかということを、心理的な側面から考えているのです。天下のGoogleが、文化人類学や社会学の修士号や博士号をもった人をたくさん採用して、そういうリサーチをひたすらやっているんですね。僕の知り合いにも、そういう仕事をしている人が多くいます。

岩田:Googleがそのような社会学的な取り組みに力を入れているとは知りませんでした。今は数字にしなくても、会話内容は自然言語処理で解析できたり、部屋の写真なども画像解析が進んでいたりするから、そういった技術的な進歩も掛け合わさってくるんでしょうね。

佐々木:まさにそうなんです。そういう定性的なデータが、Googleがやっていることと掛け合わさるとどんどん定量化されていく。それはすごく面白いですよね。

構想を現実化できる力が、エンジニア最大の強み

岩田:現在、佐々木さんにはMIRAISEのメンターをお願いしています。佐々木さんが専門としているデザイン思考、顧客視点というのは、エンジニアには一様に足りないスキルなんですね。人間的な信頼はもちろんのこと、佐々木さんの力がMIRAISEにはぜひ必要だと思ったのです。

佐々木:今までは、カリスマ性があって、資金調達が得意というような人しか起業できないようなイメージがありましたが、今はエンジニアでもデザイナーでも、誰でも起業できる時代になってきているなという体感があります。僕は多様性礼賛主義者で、世の中が多様であればあるほどいいと思っている。だから、ビジネスモデルを作るのに長けた人だけが起業するのではなくて、エンジニアやデザイナーもどんどん起業したらいいと前から考えていたんですね。だから岩田さんがMIRAISEを立ち上げると聞いて、これだ!と思ったんです。

岩田:エンジニア起業家に賭ける価値とは、どのようなものでしょうか?

佐々木:やはり、ものを作れること、実装できることというのがエンジニア最大の強みで、そうした力はずっと前から体感していました。デザイナーは構想はしますが、それを動くものにすることはできない。ですから、エンジニア起業家が増えるのはすごくいいことだと思いますね。

岩田:デザイナーもエンジニアも、そうした人が経営に近いところにいないと、必要なスピード感はもはや得られないと思うんですよ。デザイナーやエンジニアが起業すれば、PDCAを自分の中でどんどん高速に回すことができる。

佐々木:Lobsterrにも書いたんですけど、クリエイティブとテクノロジーの垣根がだんだんなくなってきています。例えば、まさに今日Adobeが発表したのですが、手描きのものをAIがアルゴリズムで勝手にデザインしてくれるというツールなどですね。クリエイティブ✕テクノロジーを表した「クリエイテック」という言葉も出てきています。そうしたツールをどう使いこなしていくかが、デザイナーにとって重要になってきているのです。

岩田:絵を描くより、ストーリーを作るとか、ディレクションの方が大事になってきているんですね。ソフトウェアのプログラムのコードも、部分的にはAIがリアルタイムに書くような時代になっていくでしょう。プログラマーって、細かく決められた仕様通りにコードを書いているだけでは工場のラインみたいなものです。何を作るか、そのためにどのようなテクノロジーを活用するか、ということが大事と思います。AI時代にその存在意義を考えなければならないのはエンジニアも同じです。

佐々木:単にビジネスだけをやっていたら、だんだん社会から必要とされなくなっていくんだろうな、と何となく思っています。仕事としてデザインに携わりつつ、MIRAISEに関わることによって、テクノロジーとの接点を得られるのは、個人的にすごくありがたいことです。エンジニア起業家を支援できるのはもちろんのこと、自分をアップデートするという観点でも、MIRAISEの一員であることはすごく幸せなことだと感じています。

岩田:感情とかデザインというキーワードによって、エンジニアリングとビジネス双方がお互いに結びついて熟成していく。そんなイメージが湧いてきました。デザイン思考やエクスペリエンス起点という考え方は、これからのエンジニア起業家に欠かせないことですね。佐々木さんにはぜひこれからも、エンジニア起業家へ新しい視点を提供していただきたいと思っています。本日はありがとうございました!

Interviewee Profile:

Shin Iwata

CEO & Partner, MIRAISE