株式会社HAB&Co. 代表取締役 森 祐太さん

HAB&Co.-大分発のHRTechスタートアップ、人材大手グループの一員に

2021年8月28日

HR・GovTechを中心としたITサービスの開発・展開を行う株式会社HAB&Co.(ハブアンドコー)は、地方発のスタートアップとして、また中小・零細企業に目を向け、本質的な課題解決に取り組む企業として注目を集めてきました。

そして5期目となる今年8月5日、医療・福祉分野での人材紹介・派遣サービス大手のトライトグループと株式譲渡契約を締結し、同グループの一員として事業を展開していくことを発表しました。

今回のM&Aは、MIRAISEの初イグジット事例となります。HAB&Co.設立からこれまでの事業展開とこのたびのM&Aについて、MIRAISEの代表の岩田がHAB&Co.代表の森祐太さんにお聞きしました。

人材採用に悩む中小・零細企業に向き合う

株式会社HAB&Co.代表取締役 森祐太さん

――この度はイグジットおめでとうございます!まず、HAB&Co.と森さんご自身について、簡単にご紹介いただけますか?

森:HAB&Co.は2017年に創業した会社です。主に大分・福岡を中心に事業展開をしており、HRTechおよび、GovTechと呼ばれる行政系データと連携したサービスを展開しています。5期目に入ったこの8月に人材紹介・派遣サービス大手のトライトグループに株式をすべて売却し、グループ入りさせていただきました。

主要サービスの「SHIRAHA」は、地方の中小・零細企業の人材採用に関する課題解決を目指すプロダクトです。自社の専用採用サイトを手軽に作成できるのが大きな特徴で、求人票の作成、さまざまな検索エンジンとの連携、応募者の管理やコンテンツ管理などの機能を備え、求職者のリード獲得から、応募、面接、採用決定といった一連の流れをシームレスにサポートしています。中小・零細事業者の方でも、手軽に自社メディアを使った採用活動がスタートできるサービスとなっています。

――起業には、ご家庭の影響も大きかったとか。

森:私は大分県竹田市の出身で、祖父が画家、父は建設業の社長という、起業が身近な家系に育ちました。キャリアの前半は、リクルートスタッフィングや高等学校協会でのキャリア教育など、採用系の仕事に携わってきました。そこからエンジニアリングを学び、自分のWebサービスの立ち上げや、地元大分のスタートアップの取締役を経て、HAB&Co.設立に至りました。

岩田:投資を決める時から、森さんの課題に対する姿勢がすごく印象的だったんですよね。地元のことも、これまでのキャリアを通じて採用活動についてもよく理解しており、人的・経済的に余裕のない中小・零細企業に対するDXという切り口で、本質的な課題を解決しようとしていました。便利なツールはたくさん提供されていますが、中小企業にとっての本当の課題はそれらを活用できる「人がいない」ことだと見抜き、そこに立ち向かっている。そういった起業家としての課題解決の姿勢が、今回の成功に結びついたと思います。

本質的な課題解決と経済合理性との狭間で悩んだことも

MIRAISE代表の岩田(右)と森さん

――MIRAISEが投資させていただいたのはちょうど1年前くらいでした。その後のビジネスの展開について聞かせていただけますか?

森:想定通りにいかないことの方が多かったですね。私たちが対象とする地方の中小・零細企業には、東京のタクシー広告でよく見るような大手のHRサービスはフィットしません。それらはすごく高機能で良い面もたくさんあるのですが、地方企業の根本的な課題として、そのサービスを使うための時間がなく、その業務をできる人もいない。ソリューションを使いこなせるかどうか以前の問題を、私たちは解決しようとしていました。そのため、一般的なスタートアップが描くような事業曲線や、SaaSの良さである指数関数的なユーザー数の伸長が望めない期間がありました。具体的には、CACやCPAといった顧客獲得単価がなかなか見合わないということがありました。これは、今でも課題として感じているところです。

岩田:営業活動やお客さんとの話の中で、新たなニーズが見えてきて、プロダクトやサービスに反映されたということはありますか?

森:この領域はロングテールで、非常に時間がかかるものなんだということが見えてきました。5年や10年のスパンの中で、きちんと足をつけてやっていかなければなりません。投資していただいたお金は、一般的には一気に売上を伸ばすために広告費などにつぎ込んだりしますが、我々にとってはそれは効果的ではないと判断しました。HRTechのサービス群を構築しようという戦略を立て、ミニマムなサービスをたくさん作っていくことにしたのです。それぞれのサービスに申し込んでいただいたお客様を包括的にサポートする形で、一企業に対して深く入っていくスタイルで事業を進めていきました。

岩田:ロングテールという表現はまさにぴったりですね。その「テール」の部分を取りきっていくために、森さんたちが試行錯誤してきたアプローチは今後も続けていくのだと思います。スタートアップ界隈では、そのようなアプローチはまだあまり事例のないやり方かもしれませんが、HAB&Co.は先行して取り組んできている。それは大きな強みと言えますね。

森:経済合理性という意味では、少し難しい領域だったのではと感じています。今でこそ、SDGsが注目されて社会課題にも目が向くようになってきていますが…。そんな中で、心から私たちを信じて出資してくれたMIRAISEさんには、本当に感謝しています。

始まりは1本のメールから

――トライトグループとの関わりはどのように?

森:昨年12月にトライトさんからメールをいただいたのがきっかけです。お話を伺う中でミッションやビジョンに非常に共感しましたし、我々としても、大手と組んでいくことはもちろん望んでいたことでした。その後PoCに進み、年明け頃から協業を一部スタートしていったという流れです。

岩田:トライトさんからメールでお問い合わせいただいたということは、HAB&Co.や「SHIRAHA」について、すでに情報をお持ちだったということですね。

森:MIRAISE PRの蓑口さんにもいろいろお手伝いいただいたメディア掲載の中で、「TechCrunch」や「BRIDGE」の記事を見ていただいてお問い合わせ下さったそうです。

岩田:やはり、露出はとても大事ということですね。日経新聞でも、大分支局の方が地元発のスタートアップとして大きく取り上げてくださったことがありましたね。大分からイグジットが出たということは、良いロールモデルになるんじゃないかと思います。

森:まず、地方ではプレーヤー自体が非常に少ないですし、リスクマネーの供給元もほぼない状態なので、なかなかスタートアップが立ち上がってきません。資金調達ができたとしても、イグジットまではなかなか行き着かない。そんな中で、私がやらないと次が立ち上がってこない、お金が下りてこない。おこがましいのですが使命感を持ってやっていました。

岩田:地方創生や町おこしとなると、地元の名産や企業誘致、観光という話にすぐなってしまいますよね。でも、IT企業はどこにいてもできます。森さん、HAB&Co.がロールモデルとなることで、大分だけじゃなくて他の地方でもIT企業の創出や活性化にひとつの答えが出てくるかもしれないと思いました。

ミッション・ビジョンを共有、協業からM&Aへ

ーートライトグループとのお話は、その後どのように進みましたか?

森:最初は、どれくらいシナジーがあるかという検証からスタートしました。企業側と求職者側の需給ニーズのギャップを埋め、マッチング機会を創出していくという取り組みの中で、我々のサービスや開発力がどう関わり、成果を出していけるかを、技術的な側面を中心に検証しました。トライト側のエンジニアや営業の方とも関わり、ちょっとしたプチ開発をして作った商材を売ってみたりとか。

岩田:このあたりは他のエンジニア起業家の方にも大いに参考になると思います。森さんは結果的にうまくいきましたが、企業相手の協業というのは、お金に結びつくかどうかもわからない案件が多いわけですから、営業やビジネス開発には難しさがあると思います。ノウハウや技術だけ聞き出されて終わり、なんていうこともありますからね。森さんは、そういう結果も恐れずに真摯に対応されたわけですが、お気持ちとしてはいかがでしたか?

森:確かに、岩田さんが仰るような話は”スタートアップあるある”ですよね。工数をかけてやっても何も生まれなかったという話もよく聞きます。我々の場合は、お互いのミッションやビジョンという根源的な部分がマッチしていたので、迷わずに進むことができましたね。

岩田:トライトさん側の熱量や、本気で求められているということを、お話ししていく中で感じ取れた、ということでしょうか?

森:その通りです。我々としても、本気で取り組まなければうまくいかない、という姿勢を見せたつもりでした。そして、やるんだったら先方の想像を超えるスピード、クオリティでやっていこうと意識していました。

岩田:本質の部分と目の前の売上はどちらも大事ですよね。本質をひたすら追求し、そこから外れることは一切やらないというスタンスで、目先の利益にとらわれずに大きくなった会社の話も聞きます。一方で、頑固になりすぎて、本質的な部分に共鳴して求めてくれるパートナー企業をすべて蹴ってしまう起業家もいますよね。スタートアップは本来誰かの役に立つためにやっているはずなので、ただただ孤高を守るのも違うかなと僕は思います。トライトグループさんとHAB&Co.はその後M&Aに至るわけですが、そこは森さんの決断で行ったのでしょうか?

森:そうですね。本当に一緒にやっていこうというのは、やはりトップ面談で決めました。きちんとオフラインでお会いして、もう一度両者間で今後見ていくべき点を話し合った上で、一緒にやっていこうという話が自然と出てきました。それが4月頃で、そこからは急ピッチでいろいろと進めてきました。

岩田:僕は自分のいた会社が買収されるというのはけっこう経験していまして。本当に誰も知らないんですよね。「SkypeってeBayに買収されるんだって」と、当時の社員はニュースで知りました。厳格な守秘義務があるので当たり前なのですが。HAB&Co.の場合は、どのようなタイミングで社員さんとのコミュニケーションを始めたのでしょうか?

森:私たちも、最後の最後まで社員には伝えなかったですね。最終的な基本合意ができてから共有を始めました。中途半端な情報を社員に伝えて結局破談に…ということにもなれば、かなり影響が大きいですから。まずはエース級のエンジニアなど、会社のキーマンとなる社員たちに1on1をしました。主要メンバーがこの件で退職してしまうことは、M&Aの契約条項やDD(デューデリジェンス:買収監査)にも響いてくるので、繊細なハンドリングが求められました。

意識したのは「私の本心・本音をさらけ出す」ということです。今後も会社はHAB&Co.として残っていくこと、まだまだ解決しなければならない課題がたくさんあること、あなたが必要だということを、本気で伝えにいきました。結果として、誰一人辞めずについて来てくれました。

社員はM&A後も1人も辞めず、変わらずそれぞれの業務に打ち込んでいる

――社員の方々は驚かれていましたか?

森:それが、エンジニア系のスタッフが多いスタートアップあるあるで、あまり驚かない人の方が多かったという印象ですね(笑)。「自分の環境が変わらなければ別にいいよ」とか「給料上がるんですか?」とか、そういう感覚の人が多かったです。エンジニアの特徴が出たと言いますか…。

岩田:おそらく森さんは、社員にインパクトがないようにということを気にされながらの交渉だったと思います。(トライトさんの本社がある)大阪に引っ越しの必要はなく、大分のオフィスのままである、とかね。ところで今回のM&Aで、森さんとして譲れなかった条件はありますか?

森:我々から言うのも少し微妙な話ですが、M&Aはおそらく、バイサイド側の対応が非常に重要なのだと思います。我々のスタートアップとしての機動性と独立性を保ったままパフォーマンスを発揮するのが最も良いやり方だというのを、先方側が理解してくださっていました。僕らが譲れないと思っていたのはまさにそのことでしたから。

岩田:バイサイド側の本来あるべき姿ですよね。「欲しい」と思ったものが、買った時に違う形になっていたら嫌なはずなのですが、途中で数字しか見ないような交渉担当者が出てきたりすると、おかしな方向に行ってしまう。僕にも経験があります。やはり、ビジョンやミッションの共通点など、そもそもの出発地点や大前提をキープしたまま交渉を続け、インテグレーションに進むというのがとても大事だと思いますね。

グループ上場も見据え、さらなる事業展開と課題解決へ

――M&Aが発表されて、社員の方々も実感が湧いてくる頃だと思うのですが、まずやっていきたいことは?

森:まずはきちんとPMI(Post Merger Integration:M&A後の統合プロセス)を達成し、トライトさんとのシナジーを生んで、我々としても利益を出していくということを、数年間でやっていこうと計画しています。

岩田:PMIは本当に大事で、M&Aのプロセスとセットで取り組んでいくべきものです。ですから、PMIは交渉の段階から始まっているし、交渉内容がそのままPMIに影響しますよね。

――最後に、森さんとHAB&Co.の展望についてお聞かせいただけますか?

森:トライトグループは介護、医療、建設といった、日本の社会課題となっている領域を長年やっている企業ですが、我々の「SHIRAHA」も、ユーザーの4分の1ほどを介護事業者が占めています。今後は一緒になって、人材に関する社会課題の解決に取り組んでいくことになります。

さらに今後、グループ全体として上場も見据えています。我々の貢献で課題を解決しながら、もうひとつのゴールとしての上場に向かってやっていけるのは、高いモチベーションに繋がると感じています。我々だけではできなかったことが、グループだとできる。これからは大分・福岡だけでなく日本全国に目を向けて、本質的な課題を解決していくということをぶれずに今後もやっていきたいなと思っています。

岩田:HAB&Co.でやってきたことをそのまま継続して、そこに親会社のリソース活用が加わってさらに加速、拡大することができますね。森さん、そしてHAB&Co.の社員にとっても、モチベーションがさらに上がる環境となるでしょう。加えて、親会社の上場という、経済的な面での大きな目標もできる。すごく良い状態になるんじゃないかなと思います。

――森さん、貴重なご経験をお話しいただきありがとうございました。HAB&Co.をロールモデルに、地域のITの企業がイグジットするという事例がどんどん増えていくといいですね。HAB&Co.のますますのご発展に期待しています!

HAB&Co.
◆『SHIRAHA
◆HAB&Co.プレスリリース「トライトグループとの株式譲渡契約締結について
MIRAISE RADIO #09. HAB&Co.|CEO 森祐太


Interviewee Profile:

Shin Iwata

CEO & Partner, MIRAISE